心に留めているもの

小さい頃

体が弱かった私は

家で過ごす時間が多い子供でした

 

両親が自営業でしたので

働く姿を見ながら

主に一人遊びをしていました

 

時々父親が

思いついたように話してくれました

 

「人を傷つけるような事を言ってはいけないんだよ」

 

「どんな職業にも誇りがある、決して人を見下してはいけない」

 

まだ幼稚園に行く前でしたので

3歳頃の記憶です

 

どんなに小さくても

大人の言葉で話してくれました

 

私は人の顔が覚えられないことと

ひどい方向音痴です

 

脳に障害があるんじゃないかと

悩んだこともある程

 

反対に人並み外れた能力があり

それは

感じる感覚と

記憶力です

 

3歳頃の記憶

どういう状況で

どんな天気で

相手がどんな顔をしていたかまで

憶えています

 

感じる感覚と記憶力が人と違う点は

つい数年前までは気づいていませんでした

 

子供の頃の話に戻りますが

私の家の隣にはいとこが住んでいました

 

朝から遊びに行ったり

出かける時について行くこともありました

 

近所にいる同年代の子の家でも同じようにしようとした時に

「隣の家は父親の妹が住んでいて、いとこ同士と近所の友達とでは付き合い方が違うこと」

などを父親が話してくれました

 

周りの人はよく

「子供にそんな難しいことを言ったってわかるわけないよ」

と言っていましたが

きちんと説明してくれることは私の心の中に残りました

 

よく店の手伝いをしました

かえって邪魔だっただろうと思うのですが

きっと勉強の一つだったのでしょう

 

ある日、店の商品を落としてしまいました

6歳頃だったと思います

 

「それには80円の価値があってね、たとえ80円でもそのお金で暮らしているんだよ」

 

悲しくなった私は

自分のお財布からお金を出して弁償しようとしました

 

すると父に

「そのお金はあなたのお金じゃないから受け取れない」

と言われてしまいました

「お年玉やお小遣いは人からもらったお金

人が汗水垂らして稼いだものをもらっただけ

あなたがいつか自分の力で稼いだお金で弁償しなさい」

 

子供に難しいこともきちんと話すということは

存在を尊重してくれているということ

だから余計に憶えているのだと思います

 

両親は長男と長女でしたので

早くに家を出て働いて結婚しました

とても若い両親でした

 

小学校に上がった時の記憶です

「お父さんもお母さんも勉強のことは教えてあげられない

だからわからないことは学校できちんと聞いてきてね」

 

何度も何度も心配そうに言われたので

自然と自分から勉強するようになりました

 

学生時代に両親からは一度も勉強しなさいと

言われたことはありませんでした

 

そんな両親が昨日でお店を閉じました

 

夜、携帯にメッセージが入っていました

 

「今日でお店閉めました。ちょっと寂しいです。」

 

私は

「お疲れさまでした。お店をやりながら育ててくれたこと、感謝しているよ。ありがとう」

と返信することができました

 

感謝の気持ちは

ずっと心の中にありましたが

それを言葉にすることは今までありませんでした

 

まっすぐに伝えられたこと

 

本当に感謝しています

 

*エグレット*

 

 

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